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大阪高等裁判所 昭和41年(う)774号 判決

被告人 島田芳太郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人戸毛亮蔵作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

よつて案ずるに、原判決の挙示する各証拠によれば、被告人は、富田宇市良の所有する橿原市久米町六四九番地外二筆の本件土地に野菜類を栽培して右土地を占有していたところ、富田宇市良から、昭和三四年一月一六日、葛城簡易裁判所に本件土地明渡等請求の訴を提起され、昭和三六年一〇月三一日、右土地をその地上の耕作物を収去して明渡せ、との判決を受け、上訴の結果、昭和三八年一〇月一四日、大阪高等裁判所において上告を棄却され、前記判決が確定するにいたつたので、富田宇市良は、同年一一月二九日、奈良地方裁判所所属執行吏福井忠清に、右判決の執行力ある正本を交付して強制執行を委任し、同執行吏は、これに基づき、同年一二月六日、本件土地上に栽培中の大根、にんじん等の野菜類を取り除き、これを被告人方に運搬したところ、被告人が不在であつたため、同居の親族島田幾子に引き渡し、もつて右土地に対する被告人の占有を解いて、これを富田宇市良の代理人富田松三に引渡し、右富田松三は、即日本件土地の周囲に約一、八メートル間隔に長さ約二メートルの棒杭を打ち込み、同杭に有刺鉄線を架設し、以後本件土地はその所有者である前記富田宇市良の占有に帰したことが認められる。

所論によれば、地上耕作物を収去するためには、債権者において民事訴訟法七三三条、民法四一四条二項により代替執行の申立をし、受訴裁判所の授権決定を受けなければならないと主張し、本件執行はその手続が履践されていないから違法であり、従つて本件土地の占有は依然として被告人に存するというのであるが、仮に本件執行につき所論指摘のような手続を要するとの見解を是認するとしても、かような事由は執行の方法に関する異議をもつて主張すべきことであり、本件のように右の異議申立もなくして土地明渡の執行手続が終了した以上、本件土地の占有は、右執行手続の終了とともに、執行債権者である富田宇市良に移転したものというべきであるから、執行終了後も本件土地の占有が依然として被告人に存するとの所論は採用できない。そして、被告人が、前記証拠により認められるように、右執行終了の後である同年一二月一〇日ごろから前記棒杭の一部を抜き倒し、あるいは、切り倒して本件土地に入り白菜、キャベツ等の野菜類を栽培して、右土地を自己の支配に移した以上、不動産侵奪罪を構成することは当然であつて、被告人の本件行為が正当防衛にあたるとの所論も採用するに足りない。それ故、原判決には所論のような事実誤認はないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論にかんがみ記録を調査し、本件犯行の情状について検討するに、被告人は、本件土地の所有者から土地明渡等請求の訴を提起されて敗訴し、控訴、上告、特別抗告等許される限りの不服申立をつくしたがいずれも容れられず、ついに本件土地明渡の強制執行を受けたのに、なおも実力をもつて本件土地に対する占有の奪回をはかるという違法手段に訴え、自己の非を認めようとしないのは、裁判の権威を傷つける悪質な犯行であるといわなければならないが、被告人は、長年にわたり本件土地を耕作し、右土地に対する深い愛着の念を抱いていたのに、土地明渡の訴を提起され、抗争も空しくついに強制執行により右土地に対する占有を排除されたふんまんの情と、加うるに被告人の年令や性格に由来する頑迷から、思慮分別もなく本件犯行に及んだものであつて、その動機、心情にもあわれむべきものがあり、更に被告人には食糧管理法違反の罪により罰金刑に処せられた前科が一件あるほかなんらの前科もない七〇才になんなんとする老人であることを参酌すると、被告人に対しては今直ちに実刑を科するよりはむしろ、今回に限り刑の執行を猶予して、被告人の自省自戒を期待するのが相当であると考えられる。従つて、被告人を懲役八月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎると考えられるから、この点の論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して更に判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示する各法条のほか、刑法二五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹沢喜代治 浅野芳朗 大政正一)

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